過去は死なない 第六章 ランダム・アクセス・メモリー

■インターネットと過去の風景

インターネットのような双方向メディアが歴史の一体化と解釈にどんな意味をもっているのかを語る。
スピルバーグのアミスタッドを例にとって、アメリカ国立公文書館のサイトとコネティカットの海事博物館のサイトでのアミスタッドのトピックは、アミスタッド号事件関連の記録文書なども紹介して、事件の一時資料にふれさせ、その事件の歴史から、いまのわたしたちが理解を広めることの役に立っているとしている。

その反面、一方的に自分の歴史解釈を開陳できることも、電子メディアの功罪のひとつ。

「ハイパーテキストによる歴史」の問題点も提起。テッサ・モーリスは歴史の修正主義的(懐かしい言葉)アプローチを、二段階にわける。第一段階は、議論条件を再定義すること。たとえば、“従軍慰安婦”問題では、日本軍によって強制的に連れてこられたか否か、というところに焦点をしぼる。そのことで議論を“意図的”に狭めて、次の段階で具体的な史料や証言を選んでその信憑性に集中攻撃をかける。そうすることで扱う問題を直接的に否定しなくても、全体的には問題全体のイメージをうさんくさく思えるように導く。

そうやって、インターネットで扱うことがらの向き不向きがなんだかを示唆する。ようするに、インターネットでは、長文を読ませるのに向いていないメディアだけれど、断片的なデータをリンクで結んで、その問題にいろんな側面があることをみせるのには向いている。でも、事柄の包括的な認識をひとつのページで表そうとするにはむいていない。ハイパーテキストは、事柄を合成するより断片化する傾向がある。

修正主義的なアプローチにとらわれないように、歴史的出来事が提起するより広い、そして概念的な疑問、たとえば従軍慰安婦の問題の場合には、戦時下の女性に対して組織的な性的虐待みたいなことが起こってしまうのはなぜか? どんな政治的/社会的/思想的構造がそこにあるのか。 犠牲者はそのトラウマをどうやって克服していくのか。そうした組織の運営にかかわった人たちやその責任者は、その記憶にどう対処するのか。生存者の苦しみを和らげ、こうしたことを繰り返さないためにはどうすればいいのか。そのためには過去から何を学べばいいのか。こういった視点をつねに心にとめておくことが必要になる。

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