グローバル市場への抵抗の息吹、ハイチの農民運動

 

震災を機に、ハイチに真の意味での主権を!


食糧主権という言葉がある。自分たちの文化を尊重し、社会的、経済的に自律する農業を営み、国内で消費する食料を自らがコントロールする権利、という意味だ。先進国が推し進める自由市場主義からの脱却をめざして、南米やアフリカ諸国を中心に食糧主権を憲法に明記する国々も増えてきた。日本では、食料自給率は約40%程度。全国民が消費するカロリーの半分以上を外国からの輸入に頼っているのが現状。食は人間が生きていく基本であるのに、半分以上をよその国に頼らないといけないという状態では、残念ながら日本は食糧主権を保持している国だとは言いがたい。 今年1月に大地震にみまわれたハイチは、諸外国の支援をうけて復興のさなかにある。米国からはハイチを自由貿易市場にし、経済を復興しようという計画もでてきた。しかしその経済復興は果たして誰のための経済復興なのだろうか? いま、自由市場が支援という美しい衣を着て新たな餌食を我が物にしようというそのまっただなかで、ハイチの農民運動が声を上げている。いまこそ、ハイチに食糧主権を主張するときだ、と。 翻訳/前書:金 克美(キム・クンミ)/TUP

時計はリセットされた

シャバン・ジャン・バティストへのインタビュー第一部
ビバリー・ベル   2010年3月4日
シャバン・ジャン・バティストはパパイ農民運動(Movman Peyizan Papay、クレオールの頭字語でMPP)の事務局長であり、パパイ議会国家農民運動(Mouvman peyizan Nasyonal Kongre` Papay、[略称]MPNKP)のスポークスマンである。先月、セントラル・プラトゥーの広大で肥沃な耕作地帯の一角にあるMPPのトレーニングセンターでこのインタビューを行った。ここでは農民たちが環境によい農作を演習したり、食糧主権について学んでいる。食糧主権は小規模農家運動がハイチおよび世界中で提唱している地産地消プログラムである。食糧主権には、食品輸入の際に関税をかけることで国内市場を保護するとともに、土地改革、在来種、そして技術と環境のサポートを必要とする。また、貿易と開発政策の形成に、市民の民主的な参加が必要である。
---
シャバン・ジャン・バティスト:私たちはこの大惨事を機会と捉えて「時計はリセットされた」と主張する必要があります。以前のハイチとは全くことなる新しいハイチを建設しなければなりません。政治的主権、食糧主権を行使するハイチ。その実現は農業を築くことから始まらねばなりません。
私たち農民は200年以上にわたり犠牲者でした。独立を得るために戦った奴隷は植民地主義者から土地を得るためにも戦いました。しかし独立を得たとき、ハイチ軍の将校たちは奴隷は奴隷のままにしておき、入植者の土地の代わりに自分たちの土地で働かせるという発想を持ちました。そのため、都市で生活する者と田舎で暮らす者とに、また豊かな者と貧しいものとに二分されることになりました。そして小さな国の中で、ポルトー・プランス共和国*と「その外部」の共和国という二つの国ができました。「その外部」とは人口の80%をさします。
*[ポルトー・プランス Port-au-Princeはハイチの首都]
出生証明書まで二つあるのです。ひとつは農民のものと、もうひとつは街の人々のものです。アリスティード大統領の第一期のとき、それを一つにするように要望しました。
ほとんどすべての行政業務がポルトー・プランスに集中していました。パスポートが必要なら、身分証明証が必要なら、子どもを大学に行かせる必要があれば……行くところはポルトー・プランス共和国でした。皆が仕事を探しにくるところもまたそうでした。「外側」にはいることができないからです。「外側」には何もないからです。そうやって3百万人の都市になり、谷間に建てられた家々と、排水施設もない、ここそこに秩序なく人々が築いた一つの大きなスラムができあがりました。その結果を私たちは1月12日に見ました。よその国ではもっとひどい地震があっても数人を失うだけです。MPPでは災害で5人の若者を失いました。彼らはポルトー・プランスにある大学にいたからです。教育を受けたかったがために命を失いました。
徐々に、国家は地方を見捨て、農民者は選挙で票が必要なときにだけ利用される周縁に追いやられた階級として取り残されました。
そしていま私たちには、ハイチを国際社会に支配されたモデルにする、ビル・クリントンの再建計画があります。彼らがほどこす援助は我々が望む援助ではありません。計画は、ハイチを国際輸出市場とし、自由貿易圏の労働者市場にするものです。彼らは相対的な利点について語りますが、その意味は、ハイチは単純労働力だということです。食糧援助を送ってくれるあいだはハイチ人は労働を搾取される工場で働くことになっています。この計画は私どもの農民運動計画に相反するものです。
これでは国の開発などできず、国民の80%を除外したもう一つのハイチをつくることになるのは明白です。だからこそ、我々MPPの目標の一つは、ジャガイモの皮むきをして働くためにポルトー・プランスに行かなければならない代わりに、地方を人々が住みたくなる楽園にすることです。
農村環境での雇用を生む、農民を中心にした開発は若者を地方に引き止めるでしょう。また、地震の後に農村地域へ大量に移動した人々の一部を留め置くでしょう。彼らの多くは「留まりたいけれど、働かなければならない」と言います。ポルトー・プランスの一極集中を廃し、農業を確立することで、それは実現可能です。田舎にできることが他にもあります。たとえば、地震にみまわれた場所は再建しなければならず、建設資材は農村部門でまかなうことができるでしょう。電気があれば、学校があれば、ここで働くことができるなら、ポルトー・プランスに行かなければならない理由は誰にもありません。
私たちは農民と家族農業を増強し農村地域で食物を生産するためのプログラムを立ち上げることができます。現在は人口の40%が食べられるほどをやっと生産していますが、ハイチの国土には、全国民に十分な食糧を生産し、あまつさえ輸出もできるほどの潜在力があります。これにはハイチ人に土地を利用する権利を与え、治安をまかせ、そして、有機農法、いわゆるアグロエコロジーを発展させる支援から始めなければなりません。
これらに必要な政策は食糧主権の所有です。まず家族のために次いで地域市場のために作物を育て、さらには次世代の母となる地球と環境とを尊重する形で健康的な食物を育てていくために、国が独自の農業政策を決定する権利を持つことです。
現在、ハイチは本質的に農業国であるにしても、ドミニカ共和国に完全に依存しています。ほとんどの鶏卵、バナナや他のものもドミニカから手に入れています。同じ新自由主義(グローバリゼーションの自由貿易政策)をとっていても、ドミニカ共和国には確固たる自治権があります。たとえば、ドミニカは米の自主生産を決定し、マイアミ米(輸入米)と古着の輸入を拒否しました。そうなるような方策を実施しました。私たちはといえば、自由貿易政策により輸入品で自らの市場をあふれさせました。農業は破壊されてしまいました。
私たちに必要なのは食糧問題を扱う農民組織です。課題は牧牛や統合水管理、そして有機殺虫剤および有機肥料生産を含む農業生産です。そういうことを続けていくつもりですが、たった今現在は都市からの避難民に食糧を提供し世話をしているため、直近の優先順位はいくつか変えなければならないでしょう。
私たちはシードバンク**の設立し、クレオールの種子を貯蔵できるサイロを持つ必要があります。土地固有の有機的な種子は食糧主権の根幹の一部です。現在、アメリカ大陸の国々からの、特にモンサント社***が遺伝子操作した種を生産するためにすでに開発した大農場を持っている米国、ブラジル、アルゼンチンからくる危機があります。もしこれらの種子がハイチに送られはじめたら、それは200年以上も前に独立し自分たちの種を守ってきた農民の死を意味します。ハイチ人にとって、地元の種子を購入するのが喫緊の課題です。農民たちは3月15日までにマメと野菜の種を購入しなければならないと言っています。黒エンドウなら、二ヶ月で食べられるようになります。
**[土地固有の種子を収集し保存するシステム]
***[種苗会社として世界最大の巨大企業。 近年では自社製除草剤ラウンドアップに耐性のある遺伝子操作種ラウンドアップ・レディのトウモロコシなどで知られる。モンサント社製の除草剤を大量散布しても、その除草剤に耐性のある種のみが枯れずに育つという仕組み。農家は除草剤と種子の両方を購入しなければならない。ベトナム戦争時に、ジャングルに潜むゲリラを見つけるためと大量散布された枯葉剤を生産した企業としても有名]
私たちが直面している危険とはなんでしょう。それは米国国際開発庁(USAID)や他から受けている食糧援助が国内に投げ込まれている事実です。この現在の危機の間は食糧援助が不可欠であることには異論ありません。早急に食糧を得なければならないという緊急事態ですが、同時に食糧生産にとっても緊急事態です。6週間後には収穫を始める野菜をお見せできるでしょう。6ヵ月以内に食糧援助を減らし始める必要があり、そうすれば農民の生産で国民を食べさせることができます。もちろんそれには灌漑への多くの支援を必要をします。
不可欠なのは農民が自分の土地の主となり管理者になれるような農業改革です。アメリカ人、フランス人、またはスイス人がハイチの土地の大区画を所有しているので、それは不可能です。土地は、そこで働く農民によって所有されなければなりません。そして彼らが死ぬときには子孫に残すことが可能であるべきです。土地と共に、信用取引、技術補助、そして生産物を売るための市場が必要です。
もし食糧でハイチを助けたいと望むみなさんには、ぜひ農家の生産に関することで援助してくださいと伝えています。我々には水管理が、貯水槽が、道具類が、技術的な支援が、地方に大学を持つための援助が必要です。そして自由貿易政策を変える必要があります。しかし、4~5年で我々は食糧生産の主権者となれるはずです。
―――――――――――――――――――――――
原文 マイケル・ムーア.comより 2010年3月4日掲載
原題 The Clock Is Set at Zero
An interview with Chavannes Jean-Baptiste, part 1
著者 Beverly Bell
ビバリー・ベルは政策研究所(the Institute for Policy
Studies)の準研究員であり、エコノミック・ジャスティス・グループ・アザーワールドの主催者です。
Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s