Humans of New York, refugee stories

夫と私は出国の費用をつくるために全てのものを売り払いました。十分な費用が貯まるまで、トルコで一日15時間、2人で働きました。

密入国業者はボートに152人を詰め込みました。ボートを見た時、多くの人が帰りたがりましたが、ここで戻ってもお金は戻らないと言われました。さん宅の余地はありませんでした。

下のコンパートメントとデッキは人で溢れそうでした。波がボートのなかに入ってきたので、船長は皆に荷物を海に捨てるようにいいました。海で、岩にぶつかりましたが、船長は心配ないと言いました。ボートに浸水しても、また、心配ないといいます。

私たちがいた下のコンパートメントは水でいっぱいになってきました。人がいっぱいで身動きもとれません。みなが叫びだした。私たちは生きてそこを出た最後の一組でした。夫が窓から私を引っ張り出してくれたのです。

海では、夫がライフジャケット脱ぎ、女性に着せました。私たちは泳げるだけ泳ぎました。数時間後、夫はあまりにも疲れ、仰向けになって浮かび休憩をとりました。何も見えないくらい真っ暗だった。波は高かった。夫の呼ぶ声が聞こえたけれど彼は遠くへ遠くへ流されました。

ついにボートは私を見つけました。だけど、夫は見つかりませんでした。

(ギリシャ、コス)

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