Category Archives: Thinking

The Bronx: history

NYC都市計画局の調査の概説ではブロンクスのウエストファームとハンツポイント地域を開発する提案があった。シェリダン・ハイウェイは1963年に建設されたときからそのまま。シェリダンの高架下にあたるハンツポイント・コミュニティにとっては目障り。

ブロンクスリバーのウォーターフロントはアクセスできないようにし、シェリダン・ハイウェイの新しく承認された計画は地元の企業と居住者のために東西接続を改善するためにハイウェイの平面に交差道路を広げることが必要。

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Immigrant: lost kids

トランプの移民政策はだんだんひどくなってる。不法移民を取り締まるといいながら、ホンジュラス、ニカラグアなどから、暴力を逃れて正規に難民申請している人たちの子どもを親から引きはなしている。報告の中には1歳半の子どもと引き離されたお母さんがでてくる。

ただ引き離しているだけじゃない。去年の10月までにおよそ7600人の子どもが親から引き離されて、そのうち6075人は預け先の家庭にいるけど、約1500人の消息がわからなくなっている。2年前には預け先から人身売買業者の手に渡った8人の子どもが、学校にもいけずにオハイオ州の玉子農場で働かされていたことが報告されている。いまでも、このアメリカのどこかで、親から引き離されて人身売買業者に売られ、どこかで奴隷労働をさせられている子どもがいるんじゃないだろうか。

エル・サルバドルでギャングに襲われた経験のある女性が、子どもと自分の命を守るために国境をわたり難民申請をした。4歳と10歳の子供たちはただちに彼女から引き離された。命からがら逃げてきて、救いを求めたところで子供と引き離される。そんなことがあっていいんだろうか。

トランプが大統領になってから「アメリカの正義」の美々しいメッキが、毎日のようにはがれていく。

Federal Agencies Lost Track of Nearly 1,500 Migrant Children Placed With Sponsors
By Ron Nixon NY Times, 
April 26, 2018

The 1,500 ‘Missing’ Kids Are the Lucky Ones

By Donna Lieberman and Paige Austin
Ms. Lieberman and Ms. Austin work at the New York Civil Liberties Union.
May 31, 2018

Jane’s Walk in NYC

I missed Jane’s walk this year. when i heard about walk, it was already full. so me and Sam doing walk by ourselves in Harlem, Lenox ave from 136 st to 125 st around.

5月4日から6日までジェーンズ・ウォークというイベントがあった。市民運動家ジェーン・ジェイコブスの活動からヒントをえて、ニューヨーク市内の200カ所以上を市民主導のウォーキングツアーが行われる。サイトにはどこでいつツアーがあるのかマップもあるので、今年は見逃してしまったけど、来年はきっと参加しよう。

■Jane’s Walk in NYC 2018

ジェーン・ジェイコブスのことはドキュメンタリー「Citizen Jane: the Battle for the City」で知った。映画は、クロスブロンクス・ハイウェイやプロジェクトなどの都市計画で有名なロバート・モゼスがダウンタウン・マンハッタンを横断するハイウェイ計画を打ち出したことに反対活動するジェーン・ジェイコブスを取り上げていたもの。ずいぶん前にみたんだけど、ブログに書いてなかったなぁ、そういえば。

都市計画の専門家ではない彼女は、ハイウェイを通すことでコミュニティは分断されてしまう、人間が生きる都市というのはそこに住む人たちとのふれあいなしには存在することはできないと主張。結局、裁判で勝っちゃう。彼女のおかげで、いまのSoHoやビレッジは助かったと言っても過言ではないから、ニューヨークでは有名人。ハルも学校で習ったと言っていた。

彼女の活動はいまも「Center for The Living City」というオーガニゼーションがになってて、議会に働きかけることから、コミュニティ・ジャーナリストを育てることまで、いろんなプログラムを実戦してる。下のリンクはカナダに移ったジェーンのことをサスキア・サッセンがちょっと書いてるもの。

・How Jane Jacobs Changed the way we look at cities  — by Saskia Sassen

ともあれ、今年のジェーンズ・ウォークを見逃してしまったので、この前の日曜日、サムと2人で個人的なローカルウォークをしてみた。最近よくいく(スイミングをはじめたので)ハーレムのレノックス・アベニューを136Stから125Stまでブラブラ。

ハーレム病院があるあたりなのでか、教会とか病院がサポートして健康に関するイベントに遭遇したり、社会主義や共産主義の本を集めた「ザ・レボリューション」という本屋さんを発見したり。住宅のようなところでやってるドキュメンタリーフィルムの上映館もあった。日ごろは車で通りすぎるだけなので、じっくり歩いてみるといろいろと発見があって面白い。

3度めの正直?

北朝鮮のキム・ジョンウン委員長と韓国のムン・ジェイン大統領が板門店で出会い、お互いに手を取り合って境界線を超える。そういうシーンが歴史の一ページとして残った。

朝鮮戦争の終結と半島の融和を話し合う南北首脳会談は今度で3度め。一度目は2000年で、キム・デジュン大統領とキム・ジョンイル委員長。南北の首脳が会ったのはこのときがはじめてで、キム・デジュン大統領はこれでノーベル平和賞ももらったし、南北の和平がかなり進むのじゃないかと期待大だったけれど、ケソン開発区とかが動き出してこれからというときに2001年9月のアメリカでのテロ事件勃発。当時のブッシュ(子)大統領がテロとはなんの関係もなかった北朝鮮を「悪の枢軸国」と指定したため、南北関係が冷え込んだ。続いて2007年にノ・ムヒョン大統領とキム・ジョンイル委員長が会談をしたけれど、和平はあんまり前進しなかった。韓国側の賄賂とかいろいろと言われているけど、米国と関係の深い保守系の政治家は和平よりは緊張を好むようで、そういうことも理由なのかなと思う。

正直、戦争の終結宣言がでるまで、板門店が開かれるまでは、あまり喜びたくはないけれど、今回は直前にトランプが北に圧力かけまくっていたし、日本もアベさんが北に圧力を!!とかがんばってたから、いつ戦争になってもおかしくないくらいだったところに、南北の両国家が話し合いをして和平が進むという状況をつくってくれたのがすごく嬉しかった。しかし、日本は隣の国の南北首脳会談に関して「和平ムードが先行するのを警戒」してるとニュースで報道したりしてる。和平が進んでなにがあかんねん、と言いたいけれど、TUPからだしたエッセイの読者から「日本が圧力をかけるのは北に核兵器を放棄させるためで」さも当然ですというようなコメントがきてかなりがっくり。日本を離れて8年強、もう日本の社会的温度というか視点というか、自分はそんなものと遠くなったんだなぁとつくづく感じてしまったよ。

TUPエッセイ(1009号) 北朝鮮・韓国の歴史的和解と東アジアの平和(2)

Korean woman activist in 1919

ニューヨークタイムスから、日帝時代に活動した女性運動家の紹介

Overlooked No More: Yu Gwan-sun, a Korean Independence Activist Who Defied Japanese Rule

When a call for peaceful protests came in spring 1919, a schoolgirl became the face of a nation’s collective yearning for freedom.


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要約:1919年3月1日の3.1人民蜂起で16歳のユ・グァンスンが自由の象徴となった。グァンスンは梨花学堂の学生。3月1日、日本の植民地支配に反対し朝鮮の独立を求め、級友と一緒に行進に参加した。翌日、梨花学堂で学生運動の動員をうけたグァンスンらは5日に南大門で行われた行進にも参加。そこで日本の警察に拘束されるも、学校側の働きで釈放される。

植民地政府は3月10日、すべての学校閉鎖を命じた。数日後、故郷の忠清南道に戻ったグァンスンは密かに持ち帰った「独立宣言」を手に、村から村へ3・1運動を地域の住民に伝え抗議活動を組織した。

日本当局が蜂起を鎮圧するまで、2000万人の人口の内約200万人が1542の独立を求めた行進に参加した。7000人以上が殺害され、グァンスンを含むおよそ4万6000人が拘留された。グァンスンは西大門刑務所に送られた。

西大門ではグァンスンは他の囚人の開放を要求し、朝鮮の独立を求めた。「私の爪が裂け、鼻と耳がもがれ、腕と足が痛めつけられても、この肉体的な痛みは国を失う痛みとは比べ物にならない。残念なのはただ一つ、私の人生を国に捧げる以上のことができないことだ」

1920年9月28日、地下牢に移され拷問をうけたグァンスンは17歳で死亡。最後まで「日本は負ける」と言い続けた。

グァンスンは1902年12月16日にキリスト教宣教師の父のもと5人兄妹の次女として生まれた。キリスト教や伝統的な儒教の価値観からナショナリズムと市民意識を父から教わる。3世代にわたって9人の家族が独立運動にかかわっている。

2015年8月、鳩山元首相が西大門を訪れ「元首相として、日本国民そして人間として、今日、心の底から、ここで拷問され殺された人々に心からお詫びを申し上げます」と述べた。鳩山元首相はグァンスンが拘留されていた西大門の刑務所にも、日本の首相としてはじめて訪れた。

 

 

NYC vs Oil giants 2

ニューヨーク市の起訴に対する感謝。ナオミ・クライン

Queer Eye is back!!

妹のお気に入り番組だった「Queer Eye」がネットフリックスの新番組となって帰ってきた。番組は、5人のゲイがそれぞれ、ファッション、グルーミング、カルチャー、フード、リビングエンバイロンメントを担当して、さえない男を改造する番組。

番組は2003年からはじまって、当初はゲイに対する偏見を取り除くことが目的だったけど、今回の目的はAcceptance、受容することが目的だそうです。

ネットフリックスの担当者によると、「アメリカが分裂し未来が不透明になるなかで、5人の勇敢なチームが笑いと真心、そしてちょっとしたモイスチャライザーを効かせて人々を近づかせる。エミー賞受賞番組クィアー・アイがアメリカを再びすばらしくするために戻ってきました。新しいファブ5と番組には最も厳しいミッションが課されています。『クィアー・アイはビッグアップルのレッド・ステートをピンクに変えていくーひとつずつ』」のだそうで、収録は共和党ゴリゴリのアメリカ南部、ジョージア州アトランタを中心に行われている。

3話まで見終えたんだけど、毎回感動。3話目は特に、南部の警官を変えるというミッションで、番組当初に5人が車で現場に向かっているところ、パトカーに停車しろと求められる。運転していたのが黒人のKaramo Brownだったので、昨今続いている警官による黒人差別、銃発砲、暴力、みたいな一連が脳裏をよぎる。呼び止めた警官は実は仲間の変身を申し込んだ本人だったと分かり一安心。

番組中、Karamoと警官が二人きりで車のなかで会話するシーンがあった。二人とも、それぞれの困難さを正直に話しあう。警官もそうだけど、Karamoのほうもにも警官に対する偏見がすこしやわらいで、気持ちが癒されたっていうところがじんときた。番組が終わりに近づいたとき、警官が目の周りを真っ赤にして「今回の収録の中で、Karamoで交わした会話が一番心に響いた。ああいうことを話せて、ほんとうによかった」って涙をながす。ほんと、感動した。

警官と黒人の間の緊張は、核心の問題は銃社会ということと司法制度の問題があるとおもうのだけど、発端はすこしのあいだ置いとくとして、派生した差別問題をこうやって近づいてほぐしていくために、リアリティショーを使うっていうのはすごいアイデア。日本でもぜんぜん取り入れられることだと思うけど、政治問題をとりあげたコメディアンが番組から降ろされるような空気じゃ無理なのかもしれないね。でも、マスメディアでできないことなら、小さいメディアでできるし、そのためにネットを利用すればいいんじゃんね? アメリカでもこれはネットフリックスだからできたのかもしれないし。でもまあ、ネットフリックスも大きなメディアだけどね。