Category Archives: Translation

Refugees stay Trump’s childhood house

トランプの幼少期の家が今、Air B&Bになっていて(一泊750ドル!!)、そこを難民支援団体が借りて、ソマリアやベトナム、シリアから逃れてきた難民たちに集ってもらって彼ら同士でいろんな話をしてもらうという企画があったようです。
外からくる人を限りなく拒否する姿勢のトランプ。その人が育った場所で、難民たちが集う。想像しただけで痛快。こういう企画、好きです。なので訳してみた。

デモクラシー・ナウ!から。
https://www.democracynow.org/2017/9/19/trumps_childhood_home_is_now_an

ホァン・ゴンザレス:  今日はニューヨーク市クイーンズ区の、トランプ大統領が幼少期を過ごした家で行われた、びっくりするような集会を紹介して番組を終えたいとおもいます。その家は現在「エアーB&B/民泊」となっています。土曜日に、人道開発組織(Humanitarian development organization)Oxfam Americaは、難民たちが家庭のこと、抵抗活動のこと、そして米国での生活などの話を共有できるようにこの家を借りました。Oxfamが公開したこのビデオでは、トランプの幼児期の家に集まった4人の難民、現在ノースカロライナ州に移住したソマリアのエイマン、カリフォルニア州に移住したベトナムのウーイエン、メリーランド州に移住したシリアのガッサン、メイン州に移住したソマリアのアブディの話を聞くことができます。

アブディ・イフティン: アメリカン・ドリームって、実際のところ、私にとっては自由、独立、平和的な考えでできています。

イマーン・アリ: 私にとっては、アメリカン・ドリームは、安全で安定した家庭を持つことや、自分の目標を達成し、そのための機会を得ることができるっていうこと。そして今はそれらが脅かされ始めている。

ウーエン・グエン: 移動の間中ずっと、異国から異国へ旅する間ずっと、子供たちを抱きしめている、とても大勢の親たちが、母親、父親がいます。ただ子供たちのために最善を尽くそうとして。

ガッサン・シェハディ: 私はここに来た他の人たちと同じです。その人を見てください。彼の人生の旅路はどんなだったでしょう。私は世界の指導者に直接メッセージを送ります。すべての紛争のある国を助けてください。国の安定が確立するよう助けてください。

エイミー・グッドマン: ここからは、現在民泊になっているドナルド・トランプの幼少期の家で撮影されたビデオの難民の1人、ノースカロライナ州ローリーに移住したイマーン・アリさんにうかがいます。彼女の家族は90年代に彼女が生まれたソマリアを逃れました。ソマリアからイエメンに逃れました。結果的にイエメンを離れチュニジアに向かい、その後米国に移入しました。もう1人、ワシントンD.C.からはオックスファム・アメリカの難民キャンペーンリーダーの、イスラ・チーカーさんが参加します。

お二人とも、ようこそデモクラシー・ナウ!へ。最初に、イスラさん。オックスファムの方ですね。ドナルド・トランプの幼少期の家が民泊になっていることをどうやって見つけましたか?

イスラ・チャーカー: ええ、私たちが見つけました。ドナルド・トランプの幼少期の家が民泊になっていました。見つけたのは、最新のイベントや現在のニュースに気をつけていたからです。すぐに、この機会を活かして何か特別なことをやらなくちゃ、と思いました。難民の物語や話を一番前に持ってくることで。今、私たちの国は危急存亡の時です。第二次世界大戦以来の最悪の難民危機です。現在、政府の3つの部局が難民に影響を与える重大な決定をしています。トランプ政権、議会議員、最高裁判所が入国禁止令の裁判を検討しています。そしてご存じのように国連総会が、この家から川を渡ったところで行われています。これを利用して難民の物語と苦悩を強調する最適のタイミングだとおもいました。そしてそれを実現するためのすばらしいパートナーと出会うことができました。

ホァン・ゴンザレス: この家がどうやって民泊になったかをご存知でしたら教えてくれませんか? トランプ・ファミリーはすでに所有者ではないだろうと思いますが。それと、借りるのに何が必要ですか?

イスラ・チャーカー: 私が知っているのは、私的に所有している人から借りたということだけです。ええ、トランプ・ファミリーは所有者ではありません。私的所有者です。一泊725ドルで借りました。

エイミー・グッドマン: イマーン・アリさん、私たちは家の映像をみています。マットが外に出ていて、多分あなた達が過ごす週末のためにだと思いますが、マットには「ようこそ難民のみなさん」と書かれています。そこでのあなたの経験をお話ください。そして、あなた自身の、難民としての経験を。ソマリアを離れ、イエメンに逃れ、最終的には米国にたどりついた経験をお話ください。

イマーン・アリ: 米国に来たのは3歳のときでした。なので覚えているのは米国に来たことだけです。でも、良心は故郷についてたくさんの話をしてくれました。戦争前はどんなだったかとか。本当に懐かしがっていて、すばらしい思い出がたくさんあるのです。でも、戦争中の話はそんないいものではありません。両親がそういったことを経て、私たちを米国に連れてくるためにたくさんのことを犠牲にしたと知って、とても感謝しています。

週末に会った難民の人たちは皆すごいと思います。ドナルド・トランプの家で彼らの話を聞くのは、すごく面白い体験でした。とても刺激的でした。ただ私たちが家のまわりにいるだけでもかなり面白い体験なのは間違いないです。中に入って、想像していたドナルド・トランプの子供の頃の家そのままだというのが、最初の印象でした。でも、ええ、家の中を歩いて、彼がどんなところからやってきたのか、どこからスタートしたのかをみること、それに私がスタートしたところを振り返ってみるのはとても面白かったです。

ホァン・ゴンザレス: ええと、トランプ大統領は難民と移民はアメリカ人から仕事を奪うと主張しています。そして今日は、国連で演説しています。難民と移民に対する彼の政策に対して、あなたがどう思っているのか、そしてトランプ政権について世界が知ってほしいと思うことは何でしょう。

イマーン・アリ: 私たちがこの国で非常に限られた人的資源でしかないというのは、よくある作り話だと思います。私たちはアメリカの人たちや、新しくやってくる人たちに多くのことを与えることができます。その人たちがどこからやってきたのか、ここで何を成し遂げることができるのかという思いに達することが本当の意味での思いやりなのだと思うのです。 移民はこの国に多くのことを提供できるし、アメリカの人たちのために多くのチャンスを提供できます。私たちがどんな力を持っているのか、私たちの優先順位はどこにあるべきなのかを見つけるための研究が、ちょうどはじまったところだと思います。

エイミー・グッドマン: イスラ・チャーカーさん、トランプ大統領はすでに米国に受け入れる難民の数を5万人と制限しています。これはバラク・オバマ政権下で承認された11万人の半分以下です。先週、ニューヨーク・タイムズ紙が、トランプは米国が受け入れる難民の数をさらに減らし5万人を下回るよう検討していると報告しました。彼は10月1日までに、今後12ヶ月の間に認める難民の数を決定すると言っています。これについていかがですか?

イスラ・チャーカー: ええ。トランプ大統領の幼少期の頃の家を借りた私たちの行動の持つメッセージはシンプルです。世界のすべての指導者たち、特にトランプ大統領が、この難民危機を真剣に受け止め、国内外の難民を支援するために最善をつくすことです。

あなたが言うように、いまから数週間以内に制定し発表するつもりの大統領の決定は、今後12ヶ月の間どれだけの難民が米国に入国できるかを決めるものです。私たちオックスファムは12ヶ月間に少なくとも7万5000人の難民認定を求めています。これは今現在、世界中に数百万人いる難民のほんの一部に過ぎません。暴力、迫害、戦争のために、6500万人以上が強制的に家を捨てて逃げてきました。ですから、アメリカ合衆国が思いやりと寛大さというアメリカの価値観に基づいて建設され、困っている人びとを歓迎する国であり、移民と難民がつくりあげた国であることを思い浮かべてみれば、5万人以下しか受け入れないということは到底認められません。私たちはそれを支持することはできません。

ホァン・ゴンザレス: 世界の国々、特に先進国で、より開けた難民政策を持ち、正しいことをしていると思う国はありますか?

イスラ・チャーカー: 特に難民に関する他の国の政策について細かくふれるつもりはありませんし、ここでは米国に焦点を当てたいと思います。私たちのスタントは、国連総会が行われている場所から川を隔てた、ここで行われました。総会では世界の首脳が集まりこの難民危機が最優先事項であることを確認する必要があります。ご存知のように一年前、世界の首脳が集まり、難民と移民に関するニューヨーク代表団は、難民支援のために最善を尽くすと約束をしました。それ以来、ほとんど進歩をみていません。

エイミー・グッドマン: イマーンさんにお伺いしたかったのですが、トランプ大統領はミネアポリスからほど近いミネソタの空港を訪問したときのことです。選挙の前日だったと思います。トランプ候補はソマリア移民を、特にミネソタのソマリアのコミュニティを攻撃しました。

ドナルド・トランプ: ミネソタ州は粗末な難民査定が引き起こしてきた問題を直接みてきました。大勢のソマリア難民が、あなたが知らないうちに、あなたの支持や承認もなしに、あなたの州に来たのです。中にはISISに参加していたものもいて、われわれの国や、世界中に過激派の意見を広めています。正直なところ、信じられないことです。信じがたい。ミネソタで起こった災害は誰もが読んでいます。皆それについて読んでいます。あなたはそれについて話す権利もありません。誰が来るかすらわからない。何もわからないのです。

エイミー・グッドマン: トランプ大統領、いえ、正確には選挙の前日のドナルド・トランプ氏でした。選出される前です。8月、この空港のすぐ近く、ミネソタ州ブルーミントンのダル・アル=ファルーク・イスラミック・センターに、午前5時頃、人びとが朝の祈りのために集まっていたときに、モスクの事務所の窓に爆発物が投げ込まれました。けが人は出ませんでしたが、事務所は爆撃で破損しました。トランプは攻撃を避難しなかった。ゲストの皆さんにお尋ねしたいのですが、ソマリアへの攻撃についてお話をうかがえますか? イマーン・アリさん?
イマーン・アリ: まあ、最初にそれを聞いたとき、とても傷つきました。通常、私のソマリア・コミュニティは、私がここに移住してからはあまり攻撃にさらされることはありません。イスラム教徒や移民についてはよく耳にしましたが、特にソマリアについては聞いたことがありません。だから、私がそれを聞いたときは、驚き、傷つきました。私の家族がこの国に多大に貢献していたし、私のコミュニティーの他のソマリア人たちも多くを貢献していたので、直後で大統領に選出されたと知って裏切られたような気持ちになりました。とても傷つきました。ミネソタ州には家族もいて、盛んなコミュニティです。

これはコミュニティを分裂させることだと思います。人びとを怖がらせます。これはこの国や、他の多くの国でみられるパターンでした。ある議題を推し進めるためだけに、分裂させ恐れさせるのです。なので、これらのコミュニティで実際に何が起こっていて、どんな素晴らしいことが生み出されているかを自分自身でもっと調べなければならないと思います。

ホァン・ゴンザレス: イスラ・チャーカーさん、30秒しかありません。難民の支援を心配している個人には何ができますか?どんな行動をとることができるでしょう?

イスラ・チャーカー: [聞き取り不能]プロセスは入国する誰よりもこの国で最も厳しい。なので実際には、誰もが最も徹底的な検証をくぐってきています。だから正直なところ、この国に来る最も安全な人間は、難民です。

あなたにできることは何か? アメリカの国民が立ち上がり、声を上げ、私たちの指導者に、議員に、ドナルド・トランプ大統領に、この国や海外の難民へのサポートが必要なことを伝えなければなりません。これから12ヶ月の間に、少なくとも7万5000人の難民を受け入れることを求める必要があります。このことについては、OxfamAmerica.org でさらに詳しく知り、私たちの請願書に署名してください。
エイミー・グッドマン: オックスファム・アメリカのイスラ・チャーカーさん、ソマリアから逃れて土曜日に、今は民泊になっているドナルド・トランプ大統領の幼少期の家に滞在したイマーン・アリさん、ありがとうございました。

Advertisements

Truth of Rikers Island and Bronx Judicial system

http://www.democracynow.org/embed/story/2016/6/3/a_school_for_suicide_how_kalief

http://www.democracynow.org/2016/6/3/a_school_for_suicide_how_kalief

This is one year anniversary from Kalief Browder passed away. He commit suicide. When he was 16, he was sent to Rikers Island on suspicion of stealing a backpack. Only “suspicion”. Because of nonfunctional Judicial system of Bronx, he have to stay adult prison for 800 days.

Some journalism chase a place where has sun light, but i more appreciate the journalism which spot light to the darkness in the system. thanks for The Democracy now! and the New Yorker.

here after, i translated above video into Japanese.


『自殺を学ぶ学校』:カリーフ・ブラウダーはライカーズ刑務所で過ごした3年の間で自殺することをどのように学んだか

2016年6月3日:デモクラシー・ナウ!

カリーフ・ブラウダーは有罪判決を受けることなく、ニューヨークの刑務所で3年を過ごした。彼はおよそ1年前の2015年6月6日、自分の命を絶った。2010年、カリーフがたった16歳の時、リュックを盗んだ疑いでライカーズ島に送られた。それからほぼ3年の月日をライカーズ島の刑務所で過ごした。有罪判決はおろか、裁判すら受けることなく。800日近くもの日々、彼は独房に入れられた。

ザ・ニューヨーカーの新しい記事は、ライカーズで1人の受刑者が自らの命を絶とうとしてから、カリーフが自殺する方法を学んだことを詳しく教えてくれる。記事はまた、カリーフが自分の命を絶とうとしていたときに、看守が「お前が飛べないとしても、いずれはみんな向う側にいくんだ。お前もいくんだから、飛べ。やれ、飛ぶんだ」とカリーフを追い立てたことを、死ぬ前のカリフから詳しく聞いている。

この記事を書いたジェニファー・ゴナーマン記者に話を聞く。ゴナーマン記者は2014年、ザ・ニューヨーカーにカリーフ・ブラウダーの話を『法の前に:少年はリュックを盗んだと疑われた。裁判所は彼の人生の3年を奪った』と題し、はじめて記事にした。新しい記事で、記者はライカーズで自殺を試みたブラウダーの経験を詳述する。「彼のライカーズでの話やライカーズで過ごした時間は、まるで自殺のための学校のようでした」とゴナーマン記者はいう。


エイミー・グッドマン:およそ一年前、2015年6月6日に自らの命を絶ったカリーフ・ブラウダーさんの悲劇の新事実です。22歳で自殺したカリーフさんはニューヨークの学生で、嫌疑をかけられた犯罪で有罪になることなく3年間をライカーズ島の刑務所に収監されました。 2010年、たった16歳のとき、リュックサックを盗んだ嫌疑をかけられ、裁判を受けることなくライカーズ島に送られたのです。裁判もなく、有罪判決もないにも関わらず、それから3年をライカーズ島ですごしました。800日近くにもおよぶ時間を独房に入れられていました。カリーフさんは無実を訴え続け裁判を要求しましたが、裁判は何度も繰り延べられ、司法取引が提供されるばかりでした。収監期間が終わりに近づくと裁判官は、もし裁判になると、有罪になった場合、刑期は15年になる可能性があると申し渡しました。それでもカリーフさんは司法取引を拒否しました。彼が釈放されたのは、訴訟が棄却されたからでした。

カリーフ・ブラウダーさんはライカーズに収監されている間、監禁されていることから生じる鬱と自殺願望にさいなまれていました。彼は何度も自殺を試みました。今、ザ・ニューヨーカー誌の新しい記事で、1人の受刑者が自らの命を絶とうとしたのをみてから、カリーフさんが自殺する方法を学んだことをジェニファー・ゴナーマンさんが詳述しています。

記事はまた、カリーフさんが自分の命を絶とうとしていたときに、看守が「お前が飛べないとしても、いずれはみんな向う側にいくんだ。お前もいくんだから、飛べ。やれ、飛ぶんだ」とカリーフを追い立てたことを、亡くなる前のカリーフさんから詳しく聞いている。

カリーフさんの事件の新事実は、現在収監されている1万人の85%がまだ裁判を受けていないという、悪名高い刑務所のより詳しい調査で明らかになりました。ザ・インターセプトは水曜日、ハイロ・パストレッサさんの事件を報告しました。彼は2010年に逮捕されて以来、6年も裁判を待っていたのです。ライカーズはまたエイタブデル・セーラムさんの事件でも今週のヘッドラインを飾りました。彼は5カ月間、ライカーズに収監されていました。保釈金がたった2ドルということを誰も告げなかったからです。

カリーフ・ブラウダーさんとライカーズ島に話を戻しましょう。記者であり、作家でもある、ザ・ニューヨーカーズの寄稿編集者のジェニファー・ゴナーマンさんをお招きしています。彼女は2014年の記事、『法の前に:少年はリュックを盗んだと疑われた。裁判所は彼の人生の3年を奪った』で『カリーフ・ブラウダーさんの物語をはじめて明らかにしました。

ジェニファーさん、ようこそデモクラシー・ナウ!へ。去年のカリーフさんの自殺から学んだことを教えてください。

ジェニファー・ゴナーマン:はい、カリーフさんの自殺から月曜日、6月6日で一年になります。彼について書こうと思っていて、追跡して、彼が人生の最後に提出した3つの宣誓供述書を捜し出してなんとか得ることができました。そのなかでニューヨーク市の弁護士から何時間にもわたってライカーズ島にいた時のことを面談を受けていました。最後のものは一年前の5月で、ライカーズ島で自殺を試みたことに大きく焦点が充てられていました。実際のところ、宣誓供述書についてこれ以上何も書く気はなかったのですが、それらを読んだとき、もう少しで椅子から転げ落ちそうになったのです。いくつかの新しい事実に動揺して、それについて書くことになり昨日、いまあなたがまとめてくれたことをザ・ニューヨーカーズのウェブサイトに発表しました。

エイミー・グッドマン:新しい事実について話してください。

ジェニファー・ゴナーマン:基本的に――彼がこのフレーズを使ったわけじゃないんですけど、彼のライカーズとそこにいた時間の説明はまるで自殺するための学校のようでした。逮捕される前に自殺することなんか考えたこともなかった。刑務所にいったのは16歳のときで、2010年の春でした。あるとき、刑務所にいた思春期の若い男の子が下のブロックにいて、その子がシーツを首に巻いた姿で独房からつれていかれたのを目撃したのです。男の子は死にませんでしたが自殺しようとしたのです。それから、まるで自殺未遂が培養されるように彼もそれに晒されて、自殺を自分の内側にとりこんで始終それについて考えていたのです。あなたが行ったように、独房に監禁されていましたから考える時間はたっぷりあったのです。

エイミー・グッドマン:800日も。

ジェニファー・ゴナーマン:ライカーズも、多くのところでも、世の中の順序がちょっと難しくて、その、ライカーズの世界ではまったく逆さまなんです。守衛にわかってもらうため、唯一の方法が、独房のなかで自分自身を傷つける、それが独房をでて一般の集団にはいるため、居住状況を改善するための唯一の方法で、だから、そこには根深い懐疑論のようなものがあるのです。

そしてこれがこの話を通じて明らかになることです。明らかにカリーフさんは本当に落ち込んで自殺願望がありました。でもそういった事情もあって、深刻に扱われません。そういったことで、刑務所はまるで精神病院のようなものなのです。

エイミー・グッドマン:カリーフ・ブラウダー自身の言葉に代えたいと思います。これは2013年、ハフポスト・ライブのマーク・ラモント・ヒルのインタビューで、ブラウダーさんがライカーズ島で自殺未遂をしたこと、精神医学的な援助を得ようと努力したことを話しています。

カリーフ・ブラウダー:5回か6回くらい自殺しようとしました。

マーク・ラモント・ヒル:5,6回、自殺未遂したのですね。

カリーフ・ブラウダー:はい。

マーク・ラモント・ヒル:すべて刑務所にいたときでしたか?

カリーフ・ブラウダー:はい。

マーク・ラモント・ヒル:うわー。

カリーフ・ブラウダー:そして精神科医やカウンセラーか何かに会いたいと看守に話そうとしたんです。僕は大丈夫じゃないから、精神科医の助けが必要だって看守に言ったんです。事件からくるストレス、僕に起こったこと全部、もう、誰かに話さないともう耐えられないんだ。誰かに話して、話さなくちゃ、話してストレスを逃がさないと。でも看守たちは僕のいうことなんて聞きたくない。だれも聞こうとしてくれない。

エイミー・グッドマン:刑務所から釈放された直後のカリーフ・ブラウダーさんでした。人々がカリーフさんの話に耳を傾けなかったときに、ジェニファー・ゴナーマンさん、あなたは彼の話に光を与えるという素晴らしい仕事をしました。もう一度、彼がなぜ16歳という歳でライカーズに送られたのか説明してください。

ジェニファー・ゴナーマン:はい。2010年の春、ブロンクスでパーティの後、歩いて家に帰ろうとしていました。当時彼は高校2年生、16歳でもう少しで17歳になるところでした。パトカーが近づいてきて、後部座席に乗っていた誰かが彼を指したのです。彼ともう1人の若い男は1週間か2週間前に誰かに襲われてリュックを盗られたのですが、彼が犯人だと指摘したのです。カリーフさんは無実だと主張しましたが、警察署に連れて行かれました。彼は「心配することはない。いくつか書類の手続きをするだけだ。すぐに家に帰れる」と言われたそうです。なので、なんにしろ手続き上のことで、朝には家に帰れると彼は思いました。

でもそうはならずに、長期の旅にでることになりました。無実を証明するために刑務所にいなければならない、どうもがいても解決策がみつからない「キャッチ―22」のような状況にになり、検察官の司法取引を何度も拒否しました。彼は「僕は罪を犯していない。自分がやってもいないことに司法取引なんかしたくない。裁判をしてくれ。僕の裁判権はどうなったんだ?」

彼が理解していなかったのは、ブロンクスでは裁判が行われるのは稀だということです。ほとんどは取引ででられるようになるのです。しかし彼は無実を主張し、自分がやってもいないことで司法取引をしないと言い張りったことが、彼を刑務所にとどめることになったのです。ブロンクスでは迅速な裁判といったたぐいのものは完全に欠落していることで悪名が高い。裁判所の機能障害、刑務所システムの機能障害もしかりです。彼はニューヨーク市で最も機能不全に陥っている2つのシステムをいったりきたりして、それが長期間、閉じ込められることになった原因です。

エイミー・グッドマン:それから、録画がリリースされ殴打といった刑務所の恐怖が明らかになりました。守衛がカリーフさんをシャワーまで連れていき、カリーフさんは何か話しているように見えます。すでに手錠をかけられていたカリーフさんは床に投げ倒されます。2010年の別の録画では、彼の顔につばを吐きかけたギャングのメンバーを殴ったところ、十数人のティーンエイジャーの囚人に襲われています。警備員が介入するまで、他の囚人がブラウダーさんの上に群がりしたたかに殴ります。最初の画像は、刑務官が彼の腕の筋肉をねじあげて――

ジェニファー・ゴナーマン:そう、そう。

エイミー・グッドマン:カリーフさんが引っ張り出される前、そしてねじ伏せています。

ジェニファー・ゴナーマン:このとんでもないことを、カリーフさんが釈放されて間もないときに会ったのですが、その時にこの出来事を話してくれました。そして「ビデオを手に入れる」というのです。「どうやったら手に入れられるの?」と思いました。彼はこの出来事に相当頭にきていました。ライカーズで起こった最悪の出来事ということことでなく、それが全部カメラに収められていることなのに刑務官に何のお咎めもないからです。あの状況のなかで正義を得るチャンスが全くなかったのです。そして最終的に、2015年にザ・ニューヨーカーが録画を手に入れ、ウェブで公表したのです。私はカリーフさんと一緒に、一番最初にみました。ほんとに信じられないことです。

エイミー・グッドマン:この話を締めくくる前に、カリーフさんが自殺しておよそ一年後に発表した、最新の記事『カリーフ・ブラウダー、ライカーズで自殺する方法を学ぶ』について話してください。

ジェニファー・ゴナーマン:ちょうど昨日、うちのウェブサイトに載ったこの記事は一部で、残りの部分は今日載りました。音声でも作成して、今週末にウェブサイトとザ・ニューヨーカー・ラジオ・アワーでも放送されます。カリーフさん自身の言葉で独房にいるとはどういうことか話しています。2014年にインタビューしたときのものです。また、ビデオモンタージュも載せています。

彼が亡くなってから、今月になってたくさんの注目を集めています。でも、それは起こってはいけないアメリカの悲劇だという事実は変わりません。ライカーズをはじめ、この国で改革の努力はありました。オバマ大統領はカリーフさんを引き合いにだして、連邦刑務所で独房の使用を減らすと話しました。そのほかにも多くの試みがあります。でも、一年がたって、注目が衰えてきてことの緊急性が失われてきていると感じます。デモクラシー・ナウ!で彼の話を続けてくれたことに感謝します、エイミーさん。

エイミー・グッドマン:ニューヨーカー誌のスタッフライター、ジェニファー・ゴナーマンさん。 最新の記事『カリーフ・ブラウダー、ライカーズで自殺する方法を学ぶ』はここから読むことができます。

Bernie Sanders: Treating Palestinians with Respect & Dignity Does Not Make Me Anti-Israel

Democracy Now! からのトランスクリプト。ヒラリーとバーニーのイスラエルに対する見解がはっきり違う。以下はトランスクリプトを翻訳したもの。

http://www.democracynow.org/2016/4/15/bernie_sanders_treating_palestinians_with_respect

木曜日の議論でバーニー・サンダースは、イスラエルは2014年のガザ襲撃で比較にならないほど巨大な軍事力でおよそ1500人のパレスチナの民間人を殺害したと繰り返し主張した。サンダースは「私たちがこれから、憎悪に満ち、戦闘が繰り返されたこの地域に平和をもたらそうとするなら、パレスチナの人びとに敬意と尊厳を払わなければならない。米国と世界の国々は協力してパレスチナの人びとを助けることを信じている。このことで私がイスラエルに反対することにはならない」と述べた。


ホァン・ゴンザレス:私はさっきも言ったように編集委員会の会議中でしたが、バーニー・サンダースが、ニューヨーク市で、イスラエルとパレスチナ問題を取り上げた勇気に驚きました。彼は一歩も引くことなく、イスラエル―パレスチナ紛争にむけて、合衆国の視点から、受け継がれた政策でさえ、より公正でなければならない、また、入植地の撤退はパレスチナ領土では違法だと言いました。イスラエルとパレスチナの問題となると、アメリカの政治家は勇気をもってはっきりと公言しないのを皆知っているので、彼が自分の立場を維持しているのに驚いていました。

エイミー・グッドマン:では昨夜の問題についてどうぞ。昨夜のカギとなる議題です。司会はウルフ・ブリッツァーです。


バーニー・サンダース議員:さして広くもないガザ地区で、およそ1万人が負傷し、およそ1500人が殺害されました。

聴衆:パレスチナに自由を!

バーニー・サンダース議員:「あれは度を越えた攻撃だったか?」と私に尋ねるのなら、いや、私だけでなく世界中の国に尋ねるのなら、そうだと、私はそう信じていると答えます。言わしてもらえるのなら、長期間、100%親イスラエルの人間として――それは易しいことではありません。神のみぞ知る、です――あれだけの憎悪とあれだけの戦闘をみてきたこの地域に平和をもたらそうとするのなら、我々はパレスチナの人びとを敬い、彼らの尊厳を尊重しなければならないでしょう。言わないことになっていることを言うと、たったいま現在のガザの失業率は40%あたりになっています。地域のほとんどは修復されておらず、破壊され、家は壊され、医療はつぶされ、学校も壊されています。私は、米国と世界の国々は協力してパレスチナの人びとを助けなければならないと信じています。このことで私は、反イスラエルとはならない。それは道を開くのだと思います。

ウルフ・ブリッツァー:ありがとうございます、議員。

バーニー・サンダース議員:中東にはそのようなアプローチが有効だと思います。

ウルフ・ブリッツァー:ありがとうございます。クリントン国務長官、あなたはイスラエルはパレスチナの攻撃に過剰反応し、イスラエルとパレスチナの間に和平をもたらすには、イスラエルは「過剰な反応」をやめるべきだというサンダース議員に同意しますか?

ヒラリー・クリントン:私は2012年11月にイスラエルとハマスの停戦を交渉しました。ラマラーに拠点を置くパレスチナ自治政府のアッバス議長との合意でやりました。私はネタニヤフ首相やイスラエル内閣と緊密に協力し、カイロを拠点とする当時のムスリム同胞団のモルシ大統領と交渉しました。25年にさかのぼってイスラエル当局と共にいたことで、今ここで言えるのは、彼らはこのような攻撃を求めていないということです。彼らはロケットが自分の町や村に雨のように降り注ぐことを招いてはいません。イスラエルが、イランの援助を受けてけしかけられたハマスから恒常的に挑発されるべきだとは思っていません。


エイミー・グッドマン:ブルックリンで行われた昨夜のヒラリー・クリントンとバーニー・サンダースの議論でした。ニューヨークの予備選前の最後の議論です。
木曜日、サンダースのキャンペーンは一時中断しました。新しくナショナル・ジューイッシュ・アウトリーチ・コーディネーターとして雇ったばかりのシモーヌ・ジマーマンが、雇われて2日後にイスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相についての批判をフェイスブックに載せていたことが発覚したためでした。


During Thursday’s debate, Bernie Sanders repeated his assertion that Israel used disproportionate force during its 2014 assault on Gaza that killed nearly 1,500 Palestinian civilians. “If we are ever going to bring peace to that region, which has seen so much hatred and so much war, we are going to have to treat the Palestinian people with respect and dignity,” Sanders said. “I believe the United States and the rest of the world have got to work together to help the Palestinian people. That does not make me anti-Israel.”

TRANSCRIPT

This is a rush transcript. Copy may not be in its final form.

JUAN GONZÁLEZ: And I think that—but I was, once again, surprised, as I was during the editorial board meeting, by the courageous stand that Bernie Sanders has taken over—in New York City—over the issue of Israel and Palestine. And he has not backed down at all that he believes that there has to be, from the perspective of the United States, a more fair and evenhanded policy toward the Israeli-Palestinian conflict or to the removal of the settlements that he says are illegal in Palestinian territory. So I’ve been amazed that he has continued to maintain that position, because we know that American politicians are not exactly profiles in courage when it comes to the issue of Israel and Palestine.

AMY GOODMAN: Well, let’s go to that issue last night, a key topic during last night’s debate. This is the moderator Wolf Blitzer.

SEN. BERNIE SANDERS: We had in the Gaza area—not a very large area—some 10,000 civilians who were wounded and some 1,500 who were killed.

AUDIENCE MEMBER: Free Palestine!

SEN. BERNIE SANDERS: Now, if you’re asking me—not just me, but countries all over the world—”Was that a disproportionate attack?” the answer is, I believe it was. And let me say something else. Let me say something else. As somebody who is 100 percent pro-Israel, in the long run—and this is not going to be easy, God only knows—but in the long run, if we are ever going to bring peace to that region, which has seen so much hatred and so much war, we are going to have to treat the Palestinian people with respect and dignity. So, what is not to say—to say that right now in Gaza—right now in Gaza, unemployment is somewhere around 40 percent. You’ve got a lot of that area continues—it hasn’t been rebuilt—decimated, houses decimated, healthcare decimated, schools decimated. I believe the United States and the rest of the world have got to work together to help the Palestinian people. That does not make me anti-Israel. That paves the way, I think—

WOLF BLITZER: Thank you, Senator.

SEN. BERNIE SANDERS: —for an approach that works in the Middle East.

WOLF BLITZER: Thank you. Secretary Clinton, do you agree with Senator Sanders that Israel overreacts to Palestinian attacks, and that in order for there to be peace between Israel and the Palestinians, Israel must, quote, “end its disproportionate responses”?

HILLARY CLINTON: I negotiated the ceasefire between Israel and Hamas in November of 2012. I did it in concert with President Abbas of the Palestinian Authority, based in Ramallah. I did it with the then-Muslim Brotherhood President Morsi, based in Cairo, working closely with Prime Minister Netanyahu and the Israeli Cabinet. I can tell you right now, because I have been there with Israeli officials going back more than 25 years, that they do not seek this kind of attacks. They do not invite rockets raining down on their towns and villages. They do not believe that there should be a constant incitement by Hamas, aided and abetted by Iran, against Israel.

AMY GOODMAN: That was Hillary Clinton and Bernie Sanders last night in the Brooklyn debate, the last one before the New York primary. On Thursday, the Sanders campaign suspended its new national Jewish outreach coordinator, Simone Zimmerman, two days after she was hired, after revelations that she had posted criticisms about Prime Minister Benjamin Netanyahu of Israel on Facebook.

An Open Letter to Donald Trump: Brandon Stanton

トランプ氏へ

私は極力、政治的な問題に介入しないように務めてきました。あなたのお仲間である何人かの候補者へのインタビューも拒否してきました。選挙での論争のどちらかに肩入れしているように見えることで、個人の善意を少しでもリスクにさらしたくありませんでした。「たぶん、そういうタイミングじゃないんだ」と思っていました。しかし今は、暴力や偏見に反対することに、正しいタイミングなどないと気づいています。その「時」はいつでも「今」なのです。何百万人ものアメリカ人が同じ思いを抱えていることから、あなたに反対することはもはや政治的な決断ではないと理解するに至りました。これは道徳的なことです。

私は、あなたが人種差別的なイメージをリツイートしているのを見てきました。人種差別的なウソをリツイートするのを見てきました。あなたが白人至上主義を否定するのに48時間かけたのを見てきました。嬉しそうに暴力を推奨し、あなたに代わって暴力をふるう人には「弁護士費用を支払う」と約束したのを見てきました。テロリストの家族を拷問し殺害しろと主張するのを見てきました。豚の血に浸した弾丸でイスラム教徒を殺すという話を、嬉しそうにしているのを見てきました。難民を「ヘビ」と比べたり、「イスラム教徒は俺たちを嫌っている」と言うのを見てきました。

トランプ氏、私はジャーナリストです。この2年間、イラン、イラク、パキスタンの路上でランダムに選んだ何百人ものイスラム教徒たちに膨大なインタビューを試みてきました。また、何百人ものシリア人やイラクの難民にも、7カ国をまわってインタビューをしました。なので、私は確信することができます。ヘイトを煽っているのはあなたです。

あなたに注意を払ってきた人びとは、あなたが見せかけを変えようとするのを許しません。あなたは「統括者」ではない。あなたは「大統領に適して」いない。あなたは大きな怒りの「犠牲者」ではない。何カ月ものあいだ、嬉々として怒りを煽ってきたのだから。

あなたは偏見と暴力を個人の力に求めることを助長した人間です。これから数カ月、あなたは間違いなく言うことを変えていくでしょうが、あなたという人間が変わることはありません。

敬具

ブラントン・スタントン

An Open Letter to Donald Trump:
https://www.facebook.com/humansofnewyork

Mr. Trump,
I try my hardest not to be political. I’ve refused to interview several of your fellow candidates. I didn’t want to risk any personal goodwill by appearing to take sides in a contentious election. I thought: ‘Maybe the timing is not right.’ But I realize now that there is no correct time to oppose violence and prejudice. The time is always now. Because along with millions of Americans, I’ve come to realize that opposing you is no longer a political decision. It is a moral one.
I’ve watched you retweet racist images. I’ve watched you retweet racist lies. I’ve watched you take 48 hours to disavow white supremacy. I’ve watched you joyfully encourage violence, and promise to ‘pay the legal fees’ of those who commit violence on your behalf. I’ve watched you advocate the use of torture and the murder of terrorists’ families. I’ve watched you gleefully tell stories of executing Muslims with bullets dipped in pig blood. I’ve watched you compare refugees to ‘snakes,’ and claim that ‘Islam hates us.’
I am a journalist, Mr. Trump. And over the last two years I have conducted extensive interviews with hundreds of Muslims, chosen at random, on the streets of Iran, Iraq, and Pakistan. I’ve also interviewed hundreds of Syrian and Iraqi refugees across seven different countries. And I can confirm— the hateful one is you.
Those of us who have been paying attention will not allow you to rebrand yourself. You are not a ‘unifier.’ You are not ‘presidential.’ You are not a ‘victim’ of the very anger that you’ve joyfully enflamed for months. You are a man who has encouraged prejudice and violence in the pursuit of personal power. And though your words will no doubt change over the next few months, you will always remain who you are.
Sincerely,
Brandon Stanton

Humans of New York, The Syrian American Story

(3/3) 最初の子どもができてから、テレビを見るのを止めたんだ。前は毎日ニュースをみて、シリアがどうなったか追いかけてた。 でも、子どもができてから、僕にはなにも変えることはできないし、心配することは家族のためにならないってつくづく思い知った。

最近になってミシガンって名前のところに移住できることがわかった。僕は悲観主義者だから、本当に飛行機に乗ってみるまで信じない。でも、甥っ子がそこにいて、天国みたいなところだっていうんだ。緑が多くて自然が素晴らしいところなんだって。

ミシガンにいっても僕はテレビをつけない。永遠に宗教や政治とおさらばだ。心配するのはミルクとおむつのことだけにしたいよ。

(ヨルダン、アンマン)

Humans of New York, TheSryan American Story

(2/3) 出会いは間違い電話だったの。数分間話すことになって、会話のしまいに、彼はまた電話をかけてもいいかいって言った。毎日電話をかけてくるにようになるまで時間はかからなかった。

そこにロマンチックな感覚はなかったわ。彼から悪意を感じたことはなかった。ただ、誰かと話すことが彼には必要だったの。毎日のささいなことを教えてくれた。何時間も話した。彼からの電話が私の一日のハイライトだった。私も難民だった。私もまた、孤独だったの。

だから、自分の部屋で、座って電話が鳴るのを待った。最終的に実際に会うことになった。でも、私は7歳も年上だった。彼が結婚のことを口にするなんて期待したことなんてなかった。

それでもある日、彼が私の家族に会いにきたいって言ったのよ。

(ヨルダン、アンマン)

Humans of New York, The Syrian American Story

(1/3) 戦争がはじまったとき、僕は文学とフランス哲学を勉強していた。アラビア語の先生になりたかったんだ。兵士なんかになりたくなかった。誰も殺したりしたくなかった。宗教や政治にはまったく関心がなかった。

でも、若い男は皆軍隊に強制的にとられるので、身分証明を更新する時がきたとき僕は逃げた。小さなスーツケースに皆詰め込んで。落ち着くまでヨルダンで一カ月ほど過ごそうと考えたんだ。

一カ月たっても戦争は終わらなかった。「二カ月かな」と僕はおもった。そして「いや、三か月か」 でも、三カ月が過ぎた頃、母から僕たちの家が壊されたと知らせがきた。携帯電話で写真を送ってくれた。なにもかもが瓦礫になっていた。元に戻るものなんてなにもない。

ヨルダンで、何も持っていなかった。お金は尽きかけていた。知り合いもいない。僕はホームレスだった。ものすごく孤独で死にたいと思った。そんなある日、友人の携帯に電話をかけようとしたら、知らない声が電話にでたんだ。

(アンマン、ヨルダン)