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Atlanta

Sam and i visited Cynthia to Atlanta. Family reunion is always nice. This time, we exciting to see Michel’s wife, Lafalina and step daughter, Ashley. Cynthia didn’t know our visit, because as usually, everybody love surprise. of cause she surprise, she don’t know what to say when she saw us.

After we spend two days at Mic’s house, we went to see Rosa to Ceder town. we didn’t see her since her sister’s funeral. Rosa’s new place was so beautiful, and her neighbors were wonderful.

On Saturday, we left Rosa and Steve’s house and back to Mic again. Carlos, Messie,  Melissa’s family and Corey’s family join us from South Carolina, and at night, Joe’s family join us. Eat, Play game, talk and laughing, had a fun of Ali family night.

Atlanta 2016
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Marx in Soho

ああ、これも行きたい、、でも明日はハルが帰ってきてるし、、、

最近のハルは社会科の先生がいまちょうど産業革命をところを教えてるらしく、アダム・スミスとカール・マルクスを対比して授業でとりあげることに、いちいち腹立ててる。ちょっと悪い影響を与えすぎたかなーっておもうくらい、たまには感情的になってるから、これ以上刺激しないためにも、連れて行かないほうがいいんやろうなぁ。

ま、でもいったとしても、半分以上は意味がわかんないだろうけど。英語だし、マルクスだし。

December 9th, 2011 7:30 PM

HOWARD ZINN’S
Marx in Soho
with Tony Palmieri as Karl Marx

Howard Zinn’s Marx in Soho portrays the return of Marx roughly a century after his death. Embedded in some secular afterlife where intellectuals, artists, and radicals are sent, Marx is given permission by the administrative committee to return to Soho London to have his say. But through a bureaucratic mix‰ÛÒup, he winds up in SoHo in New York.

 

Mama Eleine memorial day

9月17日の夜、ママが旅立ちました。

お葬式が行われたのはそれから一週間後。その間、アトランタからかけつけたマイケルをはじめ、次々といろんなところから身内が集まってきました。はじめて会う人も多かったけど、みなそれぞれにママエレインの思い出を話してくれました。

ママがなくなって10日間くらいは、グレイスアベニューのママの家にはいっぱいの人でぎゅうぎゅう詰め状態。私もいろいろ料理をつくっては運び込んでいたけど、カルロスがずっとずっと料理をしていたのが印象的。 マイケルがきているときに、サムはマイケルと飲んで、はじめて見るくらいぐでんぐでんに酔っ払ってました。 ママが寝込んでいた一年半のあいだ、徐々にママが旅立つときの心構えができていたんだとおもうし、現にママが息をひきとったときは、これでもう、あの苦しそうなママをみなくてすむと、ほっとしたのも事実だったけど、やっぱりサムにはこたえてて、泣くわ叫ぶわの大荒れの一晩でした。

これから、ママの家の整理をして、荷物をかたづけながら、私たちが移り住む準備をしていくわけやけど、なんか、、、、やっぱりまだ言葉にはなりません。

 

 

Medicare to Medicade to Hospis???

Mama Elaineをめぐる状況は考えさせられることが多い。 彼女は89歳。 1932年生まれ。7人の子どもの母親。 イギリス系の父親を持ち、トリニダードの首都、ポートオブスペインで生を受けた。アメリカに移住し、介護の職について定年まで働いた。10年ほどまえに二度目の夫、アンクルサミーと死別してからは、ニューヨークの寒い冬をきらって、秋風が吹き裏庭の梨の葉っぱが枯れ始めるとトリニダードに向かい、4月の誕生日はまたNYに戻ってきて迎えるという生活サイクルだった。 そして2009年の12月、気がかりだった息子の結婚式を見届けたその週末にトリニダードに旅立ち、そこで半年すごしたあと、いつものようにNYに戻る翌日に脳梗塞で倒れた。

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Moving and Medicare

引越しすることがいよいよ本決まりになった。

ブロンクスの家の手放して、車の要らない生活をするためにハーレムに引っ越したいと思っていたけど、先立つものの兼ね合いやいい物件との出会いがないので、これは来年か再来年やなぁと考え始めていたところ、やっぱりママの家に引っ越すということになった。

理由はメディケア。

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America, ,,,

なんとなく、どうということはないんやけど、サムと話しててWhat a America,,, とつい口に出たJの話。

妹の元ダンナであるJは、いまアフガニスタンにいる。兵士じゃなくって、兵舎とか必要な建物を建設する会社に雇われて。同じような仕事をイラクでも経験してる。Jはお洒落で人懐こくて憎めない性格なんやけど、オレサマ大将なんやね。妹と結婚してるときも、人のために安い給料で働けるかっていって、家で株のディトレーダーをしてたんやけど、結局は大損をしただけ。で、損をしたのはオレサマのせいじゃなくって、アメリカの景気が悪くなってきたからそりゃ仕方ないってうそぶいてる。

年収一千万はなかったらオレサマの仕事やないって、結局は何にも仕事がなくてイラク戦争のときにブッシュが大判振る舞いした、戦争関連の下請け業者のところで年収800万の仕事をゲットした。その後、オバマになってイラクからの撤退もあり、NYに戻ってきた。妹とはもうすでに離婚しているので、子どもたちの養育費を払わないといけないんやけど、「仕事がないもんは払えるかい」とずっと何もしてなかった。

そのうち、だんだんとうらびれて来た様子やって、私もン年ぶりにばったり会った彼をみて「うわぁーー」と思ったくらい老けてて、しおしおになってた。子どもたちに養育費を払わへんくらい屁とも思わへんような子なんやけど、さすがに食い詰めてきたのか、アフガニスタンにいくと言い出し、試行錯誤のすえ、先月アフガンに向けて旅立った。

そのJから、昨日、スカイプで子どもたちの顔がみたいと連絡があったらしい。妹も少し話したようやけど、たまりにたまってた養育費がようやく払えるしと言ってたそうな。そりゃそうねんです。こっちでは養育費を踏み倒す父親なんてぞろぞろいてて、そのために関連の法律も厳しい。給料がでるときには社会保障番号を知られてしまうので、収入があるということがわかると、一にも二にも養育費が優先的に給料から天引きされる仕組みになってんのね。Jがどうあがこうが、子どもたちへの養育費は収入があるかぎり天引きされる寸法なわけ。

おまけに、養育費を溜め込んでおくと、運転免許証やパスポートの更新ができない。そのため、今回のアフガン行きの前にはパスポートが取り上げられたままやったので、妹に「養育費の請求を取り下げてくれ」と泣きついてきてたけど、妹は取り扱いの事務所に連絡して、養育費を払ってもらうためには働いてもらわんとあかんので、とりあえずはパスポート返してやってくださいと頼んだ。

NYにいてたらしおしおのJなんやけど、アフガニスタンのようなところでは水を得た魚のように元気になる。口先三寸のはったりで空気が入るような子やから、なんとなくわかるような気がすんのよね、それは。スカイプで、妹に自慢げに「このまま働いたら、来年の6月にはたまってた養育費を全部払い終わる(ありがたく思え)」とゆうてたみたいやけど、妹が「で、いつNYに戻ってくる予定なん?」と聞くと「養育費が払い終わるまでは、パスポートの更新ができひんから、来年の6月以降になる(えへん)」、、らしい。

でもさ、先週のオバマの演説で、ついに政府がアフガニスタンからの撤退を決めたんだよね。来月からはじめて、年内のスケジュールで一万人を撤退させ、来年には侵攻する前のサイズに戻すらしい。いやぁ、アフガニスタンの冬は寒いよ、、J、、どうする? ペシャワール会、紹介してあげよか??

Obama Plan for Afghan War Withdrawal Will Leave Troop Size at Pre-Surge Levels

Haru’s first solo at Greenwich House

昨日はハルの、こっちにきてはじめてのソロ(といっても先生の伴奏つきやけど)コンサートやった。チェロのおかげで、英語がわかんなくてつらかった学校でもオーケストラに入れて、言葉ができなくても何かできることがあってずいぶんと助けられたとおもう。なんやかんやゆうても、続けてきてよかったね、ハル。

それにしても相変わらずのネズミの心臓。最初のほうは緊張で音がひょろひょろなってます。ビデオ機能付きのデジタルカメラの撮影なので音は悪いけど、まあ、雰囲気だけ。