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Movie : Junction 48

Film for a life of Palestinian young couples story.
Kareem (Tamer Nafar) is a young rapper who live in a crime-ridden Arab ghetto of the mixed city of Lyd. He have to get through family, and friend tragedy. those experience motivates him to do something more with his life.

パレスチナ人とユダヤ人が混合する街、イスラエルのロード(Lyd)に暮らすラッパー、カリーム(Tamer Nafar)とガールフレンドのマナー(Samar Qupty) 。ザクッと言ってしまえば、人生の目的もなく漠然とその日をおくるカリームが、ガールフレンドに家族から結婚の圧力がかかっても「いやー、カネもないし、まだまだ歌っていたいし、まだそんな気になれない」とのらくらかわすんだけど、家族や友人に起きる不幸を経験していくうちに成長していく、という物語。彼らの暮らしには否応なく政治的な圧力がかかるわけで、そういう状況がカリームに「俺は政治的な歌をつくってるんじゃない、自分たちの暮らしをラップにしてるだけ」といわせる。

面白かった、というか「わかるわー」って共感したのは、カリームの両親の部屋にはレーニンの肖像画が、ガールフレンドのマナーの部屋にはカフィ―ヤを巻いたチェ・ゲバラの肖像画が、そしてカリームの部屋には2パックの絵が大きく壁に描かれていたこと。夫をなくしたカリームの母が、スピリチュアルな世界に傾倒して占い師/祈祷師(?)みたいなことをしていくんだけど、それを手伝わされるカリームの弟が「運動家の母親のほうがまだまし」って文句いうところ。マナーの叔父とか従兄が「家族の女」を守ろうとしてカリームに文句つけるところなんて、自分自身の遠い過去を思い出してしまった。

「マジョリティから様々な権利を奪われるマイノリティ」は古今東西を問わず、似たような社会的構造のなかに押し込められていることがよくわかる映画だった。社会の主勢力からはじき出されるだけじゃなく、マイノリティのなかでも強い勢力に利用され絞りとられていく。自分は何もないと思ってる若い子たちはたやすくギャングに取り込まれもする。目の前にあるもの、身近につかめるものをつかみ、押しのけて、社会の一番底辺から少しでも上へ上へと這い上がろうとする。そのうちに多くの若者が、這い上がることそのものに人生の目標をおくようなっていく。そういうことを切り取ったような映画だった。

日本とか、アメリカとか、ヨーロッパとかで、いま台頭しているポピュリズムを目の当たりにしていると、自分たちが不幸なのは仕事を奪う異人がいるからと、「純粋主義」を標ぼうする人にこそ見て欲しい映画だけど、そういう人たちはこういう映画みてもなーんにも感じないんだろうなぁ、なんてつらつら考えてた。だけど、よく考えてみれば「8マイル」で描かれるエミネムには激しく共感するんだろう、ね? エミネムとカリームの間にはそんなに遠い距離はないとおもうんだけど、エミネムに共感する白人貧民層のみなさんはごそっとトランプに持っていかれてるわけで。なんかそういう構造をかんがえると、虚しくも悲しくもなるのだけど、考えてみればトランプ支持のラストベルトの皆さんとの対話の糸口はその辺にあるのかもしれない。

Straight Outta Compton

80年代の終わり、カリフォルニア州コンプトンで活動を開始したN.W.A、Nigger With Attitudeの、Dr.Dre、IceCube、Easy-Eを中心に描いた映画。俳優さんたちがそれぞれ演じてる役にすごく似てて、80年代に戻ったかと錯覚しそう。でもDr.Dreはおっちゃんになった最近もよく見かけるので、若い時てこんなんだっけ?って思いながら鑑賞。

人間性を無視した警察の監視と暴力、瞬発するギャングの抗争、明日の見えないゲットーでの暮らし。青年たちの抑圧された日常から吐き出される言葉が旋律になり、リズムにのってラップになって爆発する。

音楽に情熱を傾けて一緒に何かをつくりあげていく喜びや、金の匂いをかぎつけて群がってくる人間にかき回される信頼関係。切ないくらいに確かなものを手につかみとろうとする貪欲さ。

あー、久しぶりにいい映画をみたって感じ。